3人の賢者が言ったこと〜オッカムの剃刀とヒッカムの格言ともうひとり〜

臨床推論においてよく引き合いにだされるオッカムの剃刀とヒッカムの格言ですが、それについてまとめてある文献が2011年のBMJのクリスマス特集号に載っていたのでまとめてみました。

 Occamは人の名前だと思われがちですが、実は村の名前なんです。  

Occam’s razor(オッカムの剃刀)

Occamはイギリスの地名で、Occam村のWilliamという名の神学者かつ哲学者の発言を引用している。「必要以上の仮説を立ててはならない」というのが格言で、なるべく最小の仮説ですべての事象を説明できるものが真実に近いと言っている。つまり、診断を考える時は複数の症状を一元的に説明できる疾患を想起すべきである。  

Hickam’s dictum(ヒッカムの格言)

John Bamber Hickamは、1950年代に活躍した米国の医師で最期にはIndiana大学の医学部長を務めた。Hickamの格言とは、どんな患者でも複数の疾患を同時に罹患しうるので常に様々な疾患を想起すべきというもの。すべての所見を説明しうる稀な疾患よりも、Commonな疾患が複数存在することの方が可能性が高いということ。  

Crabtree’s bludgeon (クラブツリーの棍棒)

Crabtreeは、ロンドン大学の文学部の教授がアカデミアに対してユーモアを持って風刺するために作り出された架空の詩人である。「どの人間の知性を持っても論理だった説明ができないほど複雑で互いに矛盾してみえるが関連している所見は存在しない」という言葉があり、Crabtreeのこん棒と言われている。これは、人間がいくつかの所見を合理的に解釈する傾向に対しての批判であり、Occamのカミソリを重視しすぎると矛盾した所見を無視してしまう可能性があることを示唆している。 

実臨床への応用 

 実際にこれらの格言をどう臨床にいかしたらよいのか?

 基本的には、オッカムのカミソリをまず念頭において一つの疾患ですべての症状が説明できないか考えるのがよいと思います。特に訴えが多い患者に対して、一つ一つの症状に対して鑑別疾患を想起していると混乱するので、一歩引いて訴えと所見を見渡して単一の疾患で説明できないか考えてみます。

 例えば、貧血、腎機能障害、腰椎圧迫骨折、高Ca血症を抱えている90歳男性の患者さんがいました。あなたは何を想起しますか?プロブレムが並んでいれば、多発性骨髄腫を想起できるでしょう。しかしながら、貧血にだけ目を向けたり、腎機能障害だけに目を向けていると意外と気づかないものです。なのでまず網羅的なプロブレムリストを作成し、それを眺めて単一の疾患が浮かび上がらないか考えてみるのは非常に重要です。

 一方で高齢者では、複数のCommonな病態が組み合わさっていることがあります。かの有名なティアニー先生の講演を聞きに行ったときに、トイレで偶然ティアニー先生と遭遇したので「何歳くらいでヒッカムの格言を考えるか?」と聞いてい診たら、「50歳以降だな」と言っていました。まさにヒッカムの格言が有効だったケースは、60代の女性が「手足のしびれ」と言って受診してきました。お、ポリニューロパチー?血管炎?などと想起しましたが、入念に問診と診察をすると左手根管症候群、右CM関節症、左坐骨神経痛でした。これらはどれも年齢と共に有病率が上昇する疾患です。発症も同時期ではなく、身体所見を丁寧にとれば分かります。

 まぁ結局はちゃんと病歴と診察をしているかが大事なのですが、オッカムの剃刀とヒッカムの格言をうまく使い分けてうまく患者の診断につなげてください!

 ティアニー先生の聞く技術という教科書は、本当におすすめです。

引用文献

BMJ 2011;343:d7769 doi: 10.1136/bmj.d7769 

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