家庭医が身体診察を通して体験していること

リサーチ

一人ジャーナルクラブはじめました。

大学でプライマリ・ケアに関する研究をしたいものの、他にやっている人が身近におらず研究の手法やホット・トピックがわからないためひとまず自分で興味を持った論文を読んでみることにしました。

今回は、家庭医領域のトップリサーチジャーナルの一つである、Annals of Family Medicineの7/8月号から。

“Family Physicians’ Experiences of Physical Examination”

Ann Fam Med July/August 2019 17:304-310; doi:10.1370/afm.2420

「超音波が聴診器にとって変わる?」などと言われている時代ですが、身体診察のもつ意味は診断的意義だけではないということ示している論文です。現象学的アプローチという手法を用いているため最初読んでも何が行われているか理解ができませんでした。(現象学的アプローチに関しては、別のエントリーで少し解説)

特に臨床的には意味がないけどルーチンで聴診をしたり、わざわざ医師自ら血圧を測ったり、脈を触れたりすることの意義について考察している論文です。

以下論文の内容です。

【背景】
現代の医学では、技術や検査の進歩により身体診察の有用性に対して疑問を呈されるようになってきた。一方で身体所見の省略は診断エラーや医療コストの増大につながることも報告されている。

一方で身体診察をすること自体が患者の癒やしにつながったり、医師患者関係の強化につながる側面もあるだろう。

【Research Question】
What are family physicians’ experience of performing physical examination?
(家庭医は身体診察を通してどんな体験をしているのか?)

【Methods】
<セッティング>
国:カナダ
セッティング:家庭医診療所
時期:2016年

<デザイン>
現象学的アプローチ(phenomenological approach)
研究者:3名(20年目の家庭医、家庭医研修を卒業したてのPublic health physician, 引退した内科医)
対象者:家庭医の研修施設の家庭医
方法:emailで参加を募り、参加を表明した人に直接もしくは電話で面接を施行
分析方法:
 3人の研究者がそれぞれ「身体診察」に対してどのような考えを持っているか共有
 3人の研究者がお互いに対して、「身体診察」の体験に関してインタビューを行う
 Template methodを用いて、対象者の面接内容を分析する。

【結果】
16名の家庭医が参加
性別や医師学年、都会/田舎などの分布は下の表通り

家庭医の身体診察の体験を分析すると、”Gnostic experience”と”Pathic experience”に分けられた。

<Gnostic experience>
“gnostic”とは、ギリシャ語の”gnostikos”に由来し、知っている者を意味する。意識、理由、判断などに関係するもの。

・診断をつける(diagnostic)ことや予後を予測する(Prognostic)ことに身体診察を用いる。

・身体診察は、理論的で、病歴聴取によってもたらされた診断仮設を確定したり除外したりすことに用いる。

・保守的で、やや時代遅れな身体診察は、全身をくまなく診察し見落としをなくすために行うもの

・診察により予期していなかった発見を経験すると、身体診察が診察の一部として慣習化される。

<Pathic experience>
“pathic”とは、苦悩や情熱を意味する。個人の存在や関係性、感情的な気づきなどに関係するもの。

・身体診察は、医師-患者間の主観的な交流をもたらすもの

・臨床的に不要でも、「医師もしくは患者が期待する」もので、行うことで医師ー患者関係を深める

・患者を安心させ、医師が「医師であること」を満たすもの

・予期していなかった異常をみつけた体験は、医師の頭の中に残り続ける

【考察】
今回の被検者は、身体所見は、”いい医師である”ために必要なことだと感じている。
医師は身体診察を、診断や予後予測に用いるだけでなく、医師の主観的な体験にも結びつけている。

【Limitation】
医師の主観的な体験を元にしている研究のため、患者の体験や期待については不明である。
現象学的アプローチを用いているため、「事実」ではなく「意味」を考察した研究である。

【結語】
身体診察は、臨床のサイエンスとアートを融合させるものであり、医師-患者関係を非言語的に強化するものである。

【感想】
身体所見が、診断だけではなく医師患者関係を強化するというのは、実臨床でも気づいてやっている方が多いですよね。それをきちんと研究し、論文化するところが目のつけどころが良かったのでしょうか。現象学的アプローチに関する知識がなくて、批判的吟味がしにくいですが面白い論文でした。

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